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【連載】保存再生 建築家の視点 

「1984年」と2009年との距離
大阪ビルディング(ダイビル本館)建替えの報に思う


執筆者:窪添正昭(窪添正昭建築設計事務所)

村上春樹の小説「1Q84」がベストセラーになっているが、その土台となったジョージ・オーウェルの小説「1984年」を最近改めて思い起こした。
「1984年」とは全体主義国家によって統治されている近未来の世界を描いた作品だが、このなかで主人公は真理省という役所の記録局に勤めていて、日々歴史の記録を改竄する仕事をしている。
文字に書かれた記録という共有する過去を改竄し続けることで、過去の事実がどうであったかが分からなくなり、記憶という個人的な過去まで維持できなくなる。そのようにして過去を奪われてしまうことで個々の人格が失われてしまうのである。


最近正式に発表された大阪ビルディング(以下ダイビル本館)の取り壊しの報に触れて、「1984年」のこの寓話をとみに身近に感じた。
ダイビル本館とは1925(大正14)年に渡辺建築事務所の設計により建築された大規模オフィスビルの先駆けであり、建築史のみならず、大阪の歴史や文化にとっても大変価値のある貴重な建築である。
その名建築が壊されようとしている。それだけでも取り返しのつかない大きな損失を招く行為だと言わざるを得ないのだが、それに加えて計画案はダイビル本館の外観を復元するとして似て非なるレプリカを造ろうとしているのである。
本来復元と言うならば当初の建築に出来るだけ忠実に再現することを志すものだと思うが、今回発表された透視図をみると、建築の位置や大きさ、プロポーション等が異なっており、その上このような計画によく見られる超高層部分が載せられ、そこにはもはやダイビル本館の持つ佇まいはない。
しかも光庭も含めた多くの内部空間の多くもおそらくは失われており、人々の営みを刻んだ歴史や記憶も留めることなく消えている。
消し去るだけでなく改竄してしまうことで、人々や都市の記憶というものがいかに傷つけられてしまうのか、私達はもはや無関心であることは済まされないのではないだろうか。

そもそもダイビル本館の取り壊しを前提とした中之島3丁目共同開発は、1970 年代に大阪市主導で始まった開発構想がもとになっている。高度経済成長期に始まり、後のバブル経済などにも顕著であったスクラップ&ビルドの思考のままの開発計画である。
そのため歴史的建築である「ダイビル本館」の取り壊しを前提として構想、計画が進められ、公共財でもある都市の建築や景観について検証し、広く議論するというプロセスを経ることなく、現在まで至ったのである。
今後の経済状況や、執務環境の変化による大阪市内のオフィス需要では入居率の低下も予想され、たとえそうでなかったとしても、大規模オフィス開発による周辺オフィスの空洞化等、地域経済全般への悪影響の可能性は十分考えられる。

発表された建替え計画案の超高層ビルの延べ床面積が約48,000㎡、ダイビル本館の延べ床面積が約33,500㎡でその差は約14,500㎡である。目先の賃料収入だけで考えるとその差に魅力を感じるのかもしれないが、ダイビル本館の建築文化や景観上の魅力や価値、歴史的な意味などを鑑みれば、その差というものはいとも容易く逆転し凌駕するのではないだろうか。
洋の東西を問わず数多先例があるように、適切な改修工事をおこなえば老朽化や安全性、設備対応など問題なく使い続けられることは自明のことであるし、解体工事に伴う廃棄物の問題等を考えてもダイビル本館を生かし続けることがいかに有利であるかが分かる。

資本制貨幣経済の要請にのみ忠実に従い続けることで、歴史や文化を顧みなくなり、過去を消し去り改竄までしてしまう。そのようなことを繰り返していることで、どのような社会を招来してしまうことになるのか、反省とともに問わなければならないと考える。

保存1
(竣工当時の大阪ビルディング(ダイビル本館))
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13:18 : 2009年「秋号」トラックバック(0)  コメント(0)

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